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名古屋地方裁判所 昭和59年(ワ)3767号 判決

長野県下伊那郡〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

林光佑

堀龍之

名古屋市〈以下省略〉

被告

株式会社産商

右代表者代表取締役

Y1

名古屋市〈以下省略〉

被告

Y1

福岡市〈以下省略〉

被告

Y2

主文

被告らは原告に対し、各自金五五七万六二〇〇円及びこれに対する昭和五九年一二月二三日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  当事者について

(一) 原告は、タバコ・日用品等の雑貨小売業を営む者であり、商品先物取引はもちろん証券取引(現金取引・信用取引)の経験もない者である。

(二) 被告株式会社産商(以下「被告会社」という。)は商品先物取引の受託業務等を目的とする株式会社であり、被告Y1(以下「被告Y1」という。)は被告会社の代表取締役、被告Y2(以下「被告Y2」という。)は被告会社の取締役である。

2  被告Y1、同Y2の不法行為責任(民法七〇九条)について

(一) 紛争の概要

(1) 原告は、以下のような経緯で「外国商品取引所における先物取引」の売買取引委託契約書に署名押印し、別紙取引一覧表のように取引を行ったことになっているが、被告らの一連の行為は原告に対する不法行為である。

(2) 昭和五八年一〇月一七日被告Y2が原告宅を訪れ、パンフレットを見せて「石油の取引です。これから需要期ですから一、二か月で三倍になる。五〇万一口で三口やってくれませんか。」と勧誘した。その際、成行とか指値とかの専門用語を被告Y2が説明したが原告は何のことかまったく理解できず、右勧誘に応じなかった。

(3) 同月一八日の朝、被告Y2は「相場は恐くないから」と架電し、さらに同日三時頃再び原告宅を訪れた。被告Y2は、「預金の一部を運用させてくれれば一一月四日に決済し一五日にはお金を持ってくるから……」としつこく勧誘するので原告は儲かることを信じて売買取引委託契約書及び郵便貯金引出用の委任状一通に署名押印し、一〇月二八日満期の定額郵便貯金通帳(一〇〇万円)及び原告振出の額面五〇万円の小切手を被告Y2に交付し金一五〇万円を出捐した。

(4) その後、原告は売買取引について被告らに何ら具体的に指示していなかったところ、被告Y2は「〇・八二二五で買えた。手数料は一〇万五〇〇〇円です。」と架電してきた(①の建玉)。

(5) 一〇月二五日朝、被告Y1は原告に架電し、「Y2がいつもよくしていただいています。四〇万近く利益が出ていますからあと一〇〇万円用意してください。」と話した。

原告は、わずか一週間のうちにこれ程の利益が出るならば良い話であると思い、一〇時頃原告宅を訪れた被告Y2に額面一〇〇万円の小切手を交付したが、具体的に取引を指示しなかった(②の建玉)。

(6) 一一月三日、被告Y1は原告に架電し、「明日伺いますから二五〇万円用意して下さい。四〇万円近く利益が出ています。二割になるから解約しなさい。」と指示し、原告はこれに応じた(①・②の仕切り)。

(7) 一一月四日、被告Y1・被告Y2は原告宅を訪れ、「飯田の人には一二〇〇万円やってもらっている。とても儲かったでしょうね。」等と話してさらに資金を出すように勧誘し、原告はそんなに利益が出るならと思い、さらに現金二五〇万円を交付したところ翌日被告Y1から八一・〇三で買えましたという報告を受けた(③・④の建玉)。

(8) さらに数日後、被告Y1から原告に「七八・七五セント、七七セント、七六セント……と二セントずつ下がっていく。」と電話があったが、具体的にどのように対処するかについては何らの説明もなかった。原告は、どんどん下がるのならば今のうちに売ってくれた方がよいと思っていた。

(9) 一一月一四日、被告Y1は、「実はマイナス二〇〇何万になっているんです。上がってくるのを待ってもらうため、もう二五〇万円必要なんです。明日伺います。」と架電してきた。

翌日、被告Y1は原告宅を訪れるなどしてさらに勧誘したが、原告はこれ以上損失を被りたくないと判断しこれを拒絶したところ、被告Y1は「七対三に割ってやってみます。」と言いおいて帰った(③の仕切り)。

(10) 一一月一八日、原告は、被告Y1から「マイナス五一二万になっています。まだ三枚ありますが。」との電話報告を受けた。原告はこれ以上損失を被りたくなく三枚でマイナス分をまかなえるのであればと考え、残りの三枚をうまく処分してくれるように指示した(④の仕切り)。

(11) 翌日、被告Y1が原告宅を訪れた。原告は悔しさのあまり被告Y1に愚痴をこぼしたところ、とりつくしまもないまま取引終了書を差し出した。原告はなかばあきらめの気持ちで取引書に署名押印した。

(12) 被告らは、昭和五八年一一月一六日三二万三八〇〇円を原告の銀行口座に振込んだが、残金四六二万六二〇〇円については原告に返還していない。

(二) 違法性

(1) 被告らは先物取引の知識のない原告に対し勧誘を行った。

(2) 被告らは先物取引であること、その基本的仕組及びその危険性について説明をしないで勧誘を行った。もちろん委託保証金については何らの説明も加えなかった。

(3) (一)―(2)で述べたように、利益を生じることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供して勧誘を行った。

(4) (一)―(3)で述べたように、近い将来の確定期限付確定的利益を保証して勧誘を行った。

(5) 「年度及び限月」「数量」「成行又は指値の区別」「成行の場合は売買を行う日、場及び節」「指値の場合は売買を行う日、場及び節もしくは有効期限及びその他の条件」の全部又は一部について指示を受けないで受託した(①~④の仕切り)。

(6) 手数料を稼ぐ、委託金を引き続き預かっておく等の目的で不当な増建玉を行った(③・④の建玉)。

(7) 手数料稼ぎ等を目的として無意味な反覆売買を行った(①・②の仕切りと③・④の建玉)。

(三) 右被告Y1・同Y2は以上のような違法不当な勧誘行為、違法不当な取引によって原告に対して故意又は過失により後述の損害を発生させたものであるから、民法七〇九条の不法行為責任を負う。

(四) 損害

(1) 物的損害 四六七万六二〇〇円

原告が被告会社に預託した保証金

(2) 精神的損害 四〇万円

原告は本件取引に引きずり込まれ、人間不信・自責の念・周囲への配慮に苦悶し弁護士への相談・本訴提起を余儀なくされた。右原告の被った苦痛負担を慰謝するには四〇万円が相当である。

(3) 弁護士費用 五〇万円

本件訴訟に要する弁護士費用は、日本弁護士会連合会報酬等基準によれば五〇万円を下ることはないと思料される。この弁護士費用は五〇万円も右被告らの不法行為と相当因果関係のある損害である。

3  被告株式会社産商の責任

被告会社は被告Y1・同Y2の使用者である。右被用者らが会社の事業たる商品先物取引の勧誘行為・売買取引について原告に対し不法行為により前記損害を与えたのであるから、被告会社は右被用者らとともに原告の損害を賠償する責任がある(民法七一五条一項)。

よって、請求の趣旨記載の判決を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1の(一)のうち、原告の職業は認め、その余の事実は不知。

(二)  同1の(二)のうち、被告Y2が取締役であるとの点を除き、その余の事実は認める。

2(一)(1) 同2の(一)の(1)のうち、原告が契約書に署名押印し、一覧表の取引をしたことは認めるが、その余は争う。

(2) 同2の(一)の(2)のうち、昭和五八年一〇月一七日被告Y2が原告方を訪れたこと、パンフレットを見せたこと、五〇万円一口で三口を勧誘したこと、石油の取引であると言ったこと、成行、指値等の用語を被告Y2が説明したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3) 同2の(一)の(3)のうち、同月一八日被告Y2が原告に架電したこと、その際「相場」という言葉を使用したこと、同日午後原告方を訪れたこと、原告主張の小切手、委任状、通帳を受領したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(4) 同2の(一)の(4)のうち、被告Y2が成立価格が〇・八二二五であり、手数料が一〇万五〇〇〇円であると架電したことは認め、その余の事実は否認する。

(5) 同2の(一)の(5)のうち、一〇月二五日朝、被告Y1が原告に架電したこと、被告Y2が小切手(一〇〇万円)を受領したことは認め、その余の事実は否認する。

(6) 同2の(一)の(6)の事実は否認する。

(7) 同2の(一)の(7)のうち、一一月四日現金二五〇万円を受領したことは認め、その余の事実は否認する。

(8) 同2の(一)の(8)のうち、被告Y1の架電内容は認め、その余の事実は否認する。

(9) 同2の(一)の(9)のうち、被告Y1が原告に電話したこと、一一月一六日被告Y1が原告方を訪れたこと、「七対三」に割ってやってみるとの話が出たことは認め、その余の事実は否認する。

(10) 同2の(一)の(10)のうち、被告Y1が原告に架電したこと、残り三枚の処分の指示を受けたことは認め、その余の事実は否認する。

(11) 同2の(一)の(11)のうち、翌日(一九日)被告Y1が原告方へ行ったこと、原告が取引終了書に署名捺印したことは認めるが、その余の事実は不知。

(12) 同2の(一)の(12)のうち、三二万三八〇〇円を一一月一六日に送金したことは認める。

(二)  同2の(二)のうち(2)ないし(6)の事実は否認する。

(三)  同2の(三)は争う。

(四)  同2の(四)の事実は否認する。

3  同3は争う。

4  被告の主張

(一) 取引の仕組

本件取引は、米国ニューヨークマーカンタイル取引所に上場されているヒーティングオイルの先物取引であり、被告会社は、顧客の注文を米国ニューヨーク所在のクレイトン社(F・C・M)を通じ右市場で成立させている。

被告会社が顧客に取引の勧誘をなすについては、パンフレットを交付し、右内容を説明したうえ、契約書を作成している。本件原告についても、被告Y2は、原告も自認の通り、パンフレットを見せて「成行」「指値」の説明までしているのである。

(二) 原告に帰属する損金

被告会社は、原告の計算により、被告会社の名で物品の買付、売付をなす業者であり問屋に該当する。

そして、売付、買付の成立につき、顧客より手数料を得ることを目的とする。本件においては、注文一単位(一コントラクト)当り手数料片道三万五〇〇〇円であり、契約に際し、この点についても合意している。

被告会社は、原告より、その後別紙取引一覧表のとおり売買の注文を受け、市場においてこれを成立させ、その結果、合計五〇四万〇六〇〇円の損金(含手数料一〇五万円)を生じている。

被告会社が原告より受領した保証金五〇〇万円は、かかる損金の担保の目的を有するものであり、昭和五九年一一月一九日原告も右保証金をもって損金に充当することを承諾し、預り証に署名・捺印のうえ、被告会社に返却している。又、不足分四万〇六〇〇円につき、被告会社は原告に請求しないことを約束し、取引終了書を作成しているのである。

なお、被告会社が原告に支払った三二万三八〇〇円は取引による益金であることを銘記されたい。

三  抗弁

1  示談

被告会社と原告の間では、昭和五八年一一月一九日、本件取引について、双方に債権債務の存しないこと及び一切の異議の申立をしないことを内容とする合意が成立している。

2  過失相殺

仮に、原告主張の不法行為が認められる場合にも、原告は、本件取引が先物取引であり、原告に損失を生ずることもありうることを十分確知し得るものであるし、取引継続を中止しえたものであるから、原告にも過失相殺がなされるべきである。

四  抗弁に対する認否

全部否認する。

第三証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1の(一)のうち、原告は、タバコ・日用品等の雑貨小売業を営む者であること、同1の(二)(但し、被告Y2が取締役であるとの点を除く。)の事実、同2の(一)の(1)のうち、原告が、契約書に署名押印し、一覧表の取引をしたこと、同2の(一)の(2)のうち昭和五八年一〇月一七日被告Y2が原告方を訪れたこと、パンフレットを見せたこと、五〇万円一口で三口を勧誘したこと、石油の取引であると言ったこと、成行、指値等の用語を被告Y2が説明したこと、同2の(一)の(3)のうち、同月一八日被告Y2が原告に架電したこと、その際「相場」という言葉を使用したこと、同日午後原告方を訪れたこと、原告主張の小切手、委任状、通帳を受領したこと、同2の(一)の(4)のうち被告Y2が成立価格が〇・八二二五であり、手数料が一〇万五〇〇〇円であると架電したこと、同2の(一)の(5)のうち一〇月二五日朝、被告Y1が原告に架電したこと、被告Y2が小切手(一〇〇万円)を受領したこと、同2の(一)の(7)のうち、一一月四日現金二五〇万円を受領したこと、同2の(一)の(8)のうち被告Y1の架電内容、同2の(一)の(9)のうち、被告Y1が原告に電話したこと、一一月一六日被告Y1が原告方を訪れたこと、「七対三」に割ってみるとの話が出たこと、同2の(一)の(10)のうち被告Y1が原告に架電したこと、残り三枚の処分の指示を受けたこと、同2の(一)の(11)のうち、翌日(一九日)被告Y1が原告方を訪れたこと、原告が取引終了書に署名捺印したこと、同2の(一)の(12)のうち三二万三八〇〇円を一一月一六日に振込んだことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実及び成立に争いのない甲第一号証、第二号証、乙第一号証(但し、名宛人欄の抹消線を除く。)第三ないし第五号証(但し、表面の回収済との記載と斜線、裏面の年月日の記載部分を除く。)、第一三号証、第一四号証(但し、年月日の記載部分を除く。)、原告本人尋問の結果により成立の認められる乙第六ないし第一二号証、被告Y1本人尋問の結果により成立の認められる乙第二号証、第一五号証、第一六号証の一、二、第一七号証の一、二、第一八ないし第二三号証、原告本人尋問の結果、被告Y1本人尋問の結果(但し、後記採用しない部分を除く。)によれば、以下の1ないし3の各事実が認められる。

1(一)  原告は山村でタバコ・日用品等の雑貨小売業を営んでいる商品先物取引経験の全くなかった者である。

被告会社は商品先物取引の受託業務等を目的とする株式会社であり、被告Y1は被告会社の代表取締役、被告Y2は当時被告会社の営業課長であった。

(二)  被告Y1は、かつて訴外株式会社武友の営業部長(取締役)として商品先物取引の受託業務をしていたが、同訴外会社に在職中、既に本件訴訟と同種の先物取引に関する訴訟を数件提起されていた。しかるに、被告Y1は昭和五八年九月末ころから株式会社産商という名称で自ら右訴外会社と同種の営業を始め、そして同年一一月一二日商品取引の受託業務等を目的とする被告会社を設立し、被告Y1が被告会社の代表取締役に就任したものであるが、同社は被告Y1が出した三〇〇万円を資本金とする会社であり、その人員構成は営業を被告Y1(給料月四〇万円)、被告Y2(給料月三五万円)、訴外A(被告会社の取締役、給料月二五万円)が担当し、他に電話帳から任意に顧客となる可能性のある者を捜し出すいわゆるテレコールを担当する女子事務員三名(給料各月六万円位)が被告会社の事務所にいたに過ぎず、その総経費も一か月当り二〇〇万から二五〇万円を要するというものであった。

(三)  被告会社は海外の商品取引について顧客から売買注文の委託を受け、第一の経路として訴外オンワード通商を通じ、訴外国際マーケッティングセンターに右注文を委託し、さらに現地法人である訴外コモディティインターナショナルを通じて海外の取引市場から取引をするか、または別の経路として訴外東海アドバンスのコモディティサービスを通じ、訴外ニューヨーククレイトン社に注文して海外の取引市場から取引をするかにより、顧客からの売買注文の委託を実行していた(但し、右オンワード通商、国際マーケッティングセンター、コモディティインターナショナル、東海アドバンス等の会社が真実存在し、正常な取引をしているのか明らかでない。)。

そして、被告会社の営業利益は、顧客の売買委託手数料(一口三万五〇〇円、但し、売り買いそれぞれ三万五〇〇〇円ずつの手数料である。)と自己取引によって生ずる売買益金(顧客の注文と相対する注文を被告会社がなすいわゆる向かい玉による利益)であり、原告との取引がなされていた時点では、売買委託手数料より自己取引による売買益金の方が多かった。なお、右自己取引による売買益金が生じるということは、相対する注文を出した顧客の損失が生じているということであり、結局、右時点では被告会社は顧客の先物取引による損失に多くを依存するという顧客の利益に相反する営業をしていたものである。

2  本件取引の概要

(一)  被告会社は電話帳から顧客となる可能性のある者を捜し、原告方に何度か電話していたところ、原告から同人宅が恵那山トンネル付近であると聞き出し、昭和五八年一〇月一八日被告Y2が原告宅を訪れ、ヒーティングオイルの商品取引のパンフレットをみせて、「需要期に入るので石油を買えば、今なら三倍位儲る。だから今買っておくとよい。」と繰返し延々と二時間位話し、原告の金を運用させてくれれば確実に儲けて返すから金を出すようにと執拗に勧誘した。しかし、原告は被告Y2の話を身を入れて聞かず、被告Y2が説明した成行とか指値とかの専門的用語も理解しようともせず、これを断った。

ところが、翌一八日朝、被告Y2は原告に電話をし、「一口どうですか。」、「安心でしょう。」とか言い、さらに「あなたの名前は。」と聞いたところ、原告が不用意にも「○○です。」と答えたので、電話を切り、同日午後三時ころ原告の名前がゴム印で押され、金額を一五〇万円とチェックライターで押された証拠金預り証というカード風の書面(乙第三号証)を持参して原告宅を訪れ、前日と同様に石油の先物取引で短期間に確実に儲るから、金を出してくれとか一一月四日には決済し、一五日にはお金を持ってこられるからと執拗に勧誘した。一方その勧誘に対し原告は被告Y2が何度も電話をくれ、こんな遠い田舎まで来てくれたという同情的な気にもなり、被告Y2の確実に儲るからという言葉を信頼したものの倍も儲らないにしても一一月一五日までには元金は必ず戻してくれると考えて、一五〇万円を出すことにし、売買取引委託契約書(乙第一号証)及び郵便貯金引出用の委任状一通に署名押印し、一〇月二八日満期の定額郵便貯金通帳(一〇〇万円)及び原告振出の額面五〇万円の小切手を被告Y2に交付し一五〇万円を出捐した。

(二)  右売買取引委託契約書の記載内容についてみると、第二条に、「委託者は、売買取引の注文をするについて、その都度次の各事項を明確に指示しなければならない。

(イ)商品取引所名及び商品の種類、(ロ)限月のあるものについては限月、(ハ)売付又は買付の区別、(ニ)新規又は仕切の区別、(ホ)数量、(ヘ)成行又は指値の区別、指値の場合はその値段、(ト)売買を行なう日、その他の条件と委託注文の有効期限」とあり、第六条に、「委託者は、自らの責任と判断に従って売買取引を行なうものとし、受託者は、商品相場の変動及び通貨為替相場の変動に伴なう損失等について、一切の責任を負わない。」とあり、原告の支出した一五〇万円が委託保証金だとしたなら、第七条により「精算の結果、委託者から受託者に支払うべき差損金(差損金、差益金以下差損益というは差金と委託手数料の合算額とする。)を生じたときは、受託者は何らの通知催告を要せず、適宜委託者から預託を受けている委託保証金の返還義務と相当額において相殺することができ、若し不足額を生じたときは、不足する金額を委託者に請求し、その支払いを受けるものとする。」とある。

ところが、原告は先物取引の経験もなく、一〇月一七、一八日被告Y2から若干の説明を受けたものの、商品先物取引の仕組も、その市場の取引の投機性、危険性についても理解しないまま、右契約書に署名押印した上、同契約第二条の各指示事項についてはその用語も理解していないものもあることから原告においてそれらの指示ができなかったものである。

ところが、原告は、売買取引の注文について被告らに何ら具体的に指示していなかったところ、被告Y2は、一〇月一八日、「〇・八二二五で買えた。手数料は一〇万五〇〇〇円です。」と架電してきた(別紙取引一覧表の①の買、いわゆる建玉)。

(三)  一〇月二五日朝、被告Y1は原告に架電し、「産商のY1です。Y2がお世話になっていますので、御挨拶に伺わねばなりませんが。先に出してもらった一五〇万円に対し、四〇万円位の利益が出ている。今日Y2が行くからもう一〇〇万円を出してくれませんか。」と話した。

しかし、原告はわずか一週間のうちに四〇万円もの利益が出たということを半信半疑に思い、同日午前一〇時ころ原告宅を訪れた被告Y2に一〇〇万円を出すことを一旦は断わったが、被告Y2が既に作成してきた一〇〇万円の証拠金預り証(乙第四号証)を出して、「必ず持ってくる。」「妻も子供もある身だから悪いことはしない。」などと言うので、原告は被告Y2を信頼し同人に額面一〇〇万円の小切手を交付し、売買取引の注文について具体的な指示をしなかった。しかし被告方により別紙取引一覧表の②の買、いわゆる建玉がなされた。

(四)  一一月三日、被告Y1は原告に架電し、「明日伺いますから二五〇万円用意して下さい。四〇万円近く利益が出ています。二割になるから解約しなさい。」と指示し、原告はこれに応じたため、別紙取引一覧表①、②の売、いわゆる仕切りがなされた。

(五)  一一月四日、被告Y1と被告Y2は原告宅を訪れ、さらに二五〇万円を出すように勧誘した。原告は、前日の被告Y1からの電話で二五〇万円をさらに出し合計五〇〇万円の証拠金で売買をやってくれと執拗に勧誘された際、それを承諾するつもりでないにもかかわらず、「やってくれますね。」との同被告の言葉についのってしまい、意に反し「はい」と言ってしまったところ、同被告に「明日の午後三時に行きますからお金を用意しておいて下さい。」と言われてすぐ電話を切られてしまったという経緯から断り切れず、さりとて二五〇万円をも出し渋っていた。すると、被告Y1は「儲けを二割にします。一二月二九日ころまでには返せると思いますから出して下さい。」と言うので、原告はさらに二五〇万円を出すこととし、被告Y1らに交付し、売買取引の注文について具体的な指示をしなかったが、被告方により別紙取引一覧表の③、④の買、いわゆる建玉がなされた。なお、その際、被告Y1は原告に対し、「被告会社営業部本部長」の肩書のある名刺を渡している。(被告Y1は被告会社の代表取締役であるにもかかわらず、ことさら従業員であるかの名刺を使用するのはいかにも不自然であり、作為を感じさせるところである。)

(六)  一一月一〇日ころ、原告に被告Y1から「七八・七五セント、七七セント、七六セント……と二セントずつ下がっていく」と電話があったが、具体的にどのように対処するかについては何らの説明もなかった。原告は、被告らが、原告の出した金を儲るように運用してくれると思って、何も指示しなかった。

一一月一四日、被告Y1は、「実はマイナス二五〇万になっているんです。だからそのマイナス分の二五〇万円をさらに出してもらって足並をそろえ、八一・〇三まで上がったら売ります。明日行きますから二五〇万円を用意して下さい。」と電話してきた。

翌日、被告Y1は原告宅を訪れ、二五〇万円をさらに出させようと勧誘したが、原告はこれ以上損失を被りたくないと判断しこれを断わったが、被告Y1は「明日銀行に振込んで下さい。振込先の口座番号は明日電話で言います。」と言って帰ってしまった。

そこで、原告は、その翌日被告会社に電話し、金を出せないと改めて断ったところ、被告Y1が「昨日言ったことが何にもならないではないか。」、「七対三にやってみよう。」と答えたが原告は「七対三」の意味がわからず何らの指示もしなかったところ、被告方により別紙取引一覧表の③の売、いわゆる仕切りがなされた。

(七)  一一月一八日、原告は被告Y1から「マイナス五一二万円になっている。」と電話を受け、原告がそのお金を出すのかと聞くと、同被告は「そういうことになる。」と言うので、原告は「とてもマイナス分まで支払えません。マイナス分は払えないのでゼロにして下さい。」と答えたところ、被告方により残りの三枚につき別紙取引一覧表④の売、いわゆる仕切りがなされた。

(八)  一一月一九日、被告Y1は、「昭和五八年一〇月一八日から同年一一月一八日までのNY・マーカンタイル取引所におけるヒーティング・オイルの売買取引はすべて円満に終了致しました。よって双方とも以後債権債務は無く、今後この件に関し一切の異議の申し立ては致しません。」との記載のなされた取引終了書と題する書面を持参して原告宅を訪れた。

原告は、被告らが用意周到にやってきて、原告から五〇〇万円もの大金を出させられたので、早く関係を断ちたい一心で被告Y1の持参した取引終了書に署名押印した。

(九)  なお、被告らは昭和五八年一一月一六日別紙取引一覧表の①、②の取引による益金として三二万三八〇〇円を原告の銀行口座に振込んでいる。

3  被告会社が、原告から委託を受けてなしたとする取引は、ヒーティングオイルのニューヨークマーカンタイル取引所における先物取引に関するもので、その注文単位一枚、一コントラクト(四万二〇〇〇ガロン)であり、一ガロン(三・七リットル)の約定値段がUSドルで表示されることから、USドルと円との為替レートも入れて計算しなければ、取引による損益が判明しないものである。

そして、そのうえヒーティングオイルの市場における値動きの予測は専門業者においてさえ困難であり(この点については被告Y1本人尋問の結果においても自認しているところである。)、さらに為替レートの予測も原告の如き素人には予測できないところである。

してみると、右先物取引は、原告が仮に右商品先物取引の基本的仕組を理解したとしても、どのような売り買いをしたならば利益があがるか損失を出すか判断できないというべきである。しかるにその取引単位の量からその値動きによっては被告会社に出した委託証拠金を超える損失を出してしまうこともあり得るまさに投機的な取引である。

4  以上の事実が認められ、右認定に反する被告Y1本人尋問の結果中の各供述部分は採用できない。

三  以上の事実によれば、被告Y1、被告Y2が原告を勧誘し、原告から昭和五八年一〇月一八日一五〇万円、同月二五日一〇〇万円、一一月四日二五〇万円を出捐させたことは、本件取引の全体からして違法であり、民法七〇九条の不法行為責任を負うものである。

四  被告会社は被告Y1、被告Y2の使用者であり、右両名が会社の事業たる商品先物取引により原告に対し不法行為による前記損害を与えたことは、前記二認定のとおりであるから、被告会社は民法七一五条一項の使用者責任を負うものである。

五  損害

1  物的損害 四六七万六二〇〇円

前記認定の損害五〇〇万円から原告に返還された三二万三八〇〇円を差し引いた四六七万六二〇〇円が物的損害となる。

2  精神的損害 四〇万円

前記認定二の事実から、原告が本件取引の委託保証金として多額の五〇〇万円も出捐させられ、ほぼ同金額の返還ができないと仕組んだ被告らの行為により原告が多大の精神的苦痛を被ったことは明らかであり、これに対する慰謝料は四〇万円とするのが相当である。

3  弁護士費用 五〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告は原告訴訟代理人に本件訴訟の提起と追行を委託していることが認められるところ、本件事件の難易、訴訟及び訴訟に至る経過、認容額などの諸事情を考慮すると、本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用は五〇万円とするのが相当である。

六  示談について

前記認定二の経過により、昭和五八年一一月一九日本件取引について、双方に債権債務の存しないこと、及び一切の異議の申立をしないことを内容とする取引終了書が作成されたことが認められるが、右取引終了書は、「一切の異議の申立をしない」との文言が存するものの、本件取引上の債権債務が存しないとの確認をするものであり、不法行為責任の存否を確認するものでない。また右取引終了書を作成し、事実上原告の請求を断念させる行為を含めた本件取引全体が違法であり、民法七〇九条の不法行為責任を負うことは前記二、三のとおりである。したがって、右文言が不法行為責任を追求することを含めて一切の異議の申立をしないことを約したものと解することはできない。よって、被告の抗弁1(示談)は理由がない。

七  過失相殺について

被告らは原告にも本件取引が先物取引であり、原告に損失を生ずることもありうることを十分確認し得るものであるし、また途中で取引継続を中止しえたものであるから過失相殺がなされるべきであると主張するが、前記二認定のとおり被告らは先物取引の知識のない原告に対し、執拗かつ計画的に本件取引に引き込み、金員を支出させたものでその取引全体が違法なのであるから、公平ないし信義則の見地から損害賠償の額を定めるについて被害者の過失を考慮する過失相殺の適用はすべきではなく、右主張は採用できない。

八  結論

以上の次第により、本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 駒谷孝雄)

〈以下省略〉

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